「変面(へんめん)」という芸をご存じでしょうか。
中国の華やかな衣装をまとった役者が、舞台上で一瞬にして次々と異なる顔へと変わっていく――。
その鮮やかな変化から、初めてご覧になる方には「マジックの一種」と思われることもあります。
しかし変面は、単に顔を素早く変えるだけの技術ではありません。
変面は、中国・四川省を代表する伝統演劇「川劇(せんげき)」の中で発展してきた表現技法の一つです。
顔を変えることで、その人物や喜怒哀楽を表現する。
もともと変面は、劇中に登場する人物の感情や心情の変化、人物像などを表現するために用いられてきました。
中国の伝統演劇では、顔の色や隈取りにも意味があり、中国の神話に登場する神々や動物、歴史上人物などを模しており、その色彩によっても人物の性格や特徴などを視覚的に表現します。
その「顔」が瞬時に変化することで、人物の感情や変化を観客へ鮮烈に伝える。
そこに、変面という技芸の大きな特徴があります。
現在では川劇の物語の中だけではなく、変面そのものを見せる独立した演目「変面ショー」として披露される機会も増え、中国国外でも広く知られるようになりました。
変面は「顔を変える」だけではない
変面というと、どうしても「どうやって一瞬で顔を変えているのか」という部分に目が向きます。
もちろん、「いつ変わったのか分からない」という一瞬の変化は、変面の大きな魅力です。
しかし、実際に変面を学ぶ役者が身につけるのは、顔を変える技術ではありません。
中国の伝統演劇には、役者の身体表現を形づくるものとして、五法とよばれる
「手・眼・身・法・歩」という五つの要素があります。
「手」は手や腕の動きや形。
「眼」は視線や目の表現。
「身」身は姿勢や身体の使い方。
「法」はそれらを一つの表現として成立させる型や規則。
「歩」は舞台上での足運びや立ち方、歩き方。
これらは一つひとつが独立しているのではなく、互いに連動することで、一つの舞台表現になります。
変面においても、この五法は非常に重要です。
私自身、師から変面を学ぶ中で「五法の一つでも欠ければ、変面とはいえない」と厳しく教えられてきました。
つまり、いくら素早く顔を変えることができても、それだけで変面が演じられるわけではありません。
役者は変面を学ぶ際、こうした基本となる身体の使い方や型を学びます。
そして、稽古ではそれらを正しく表現するために必要な筋力や柔軟性を養う、基礎的な身体トレーニングから始まります。
低い姿勢を支える下半身、姿勢を保つための体幹、大きくしなやな動きを生み出す柔軟性。
そうした地道な身体作りも、舞台上の一つひとつの動きにつながっています。
一瞬の変化を、どう魅せるのか。
変面には、顔を変える瞬間だけでなく、その前後にも表現があります。
どのように登場するのか。
どこに視線を向けるのか。
どのように身体や衣装を扱うのか。
そして、どの瞬間に顔を変えるのか。
一つひとつの動きや間、表情、変化のタイミングまでが重なり合うことで、舞台上の変化がより鮮烈なものになります。
私自身、変面を学び続ける中で、一瞬の「変化」そのものだけではなく、その変化をどう魅せるのかというところに、この芸の奥深さを感じています。
秘密として受け継がれてきた技芸
そして、変面を語るうえでもう一つ特徴的なのが、その技法が長く秘密として扱われてきたことです。
かつて変面は、限られた者の間で大切に受け継がれ、その技法を外部へ容易に明かさない文化の中で伝承されてきました。
時代とともにその環境も変化し、伝統を次の世代へつないでいくため、現在では以前よりも学ぶ門戸が広がっています。
中国国外でも変面を学び、演じる人が増え、日本でもイベントや舞台などで目にする機会が少しずつ増えてきました。
それでも、「どのように顔を変えているのか」という技法の核心部分については、現在も大切に扱われています。
なぜ変面は、これほどまでに「秘密」を大切にしてきたのでしょうか?
その背景については、また別の記事で詳しくご紹介したいと思います。
変化の一瞬、その先にあるもの
変面を初めてご覧になる方には、まずは一瞬で顔が変わる驚きを楽しんでいただきたいと思っています。
そして、もし二度、三度と見る機会があれば、今度はぜひ「顔が変わる瞬間」だけではなく、役者の眼差しや身体の動き、足運び、見栄を切り方、音楽との合わせ方などにも注目してみてください。
同じ変面でも、演じる役者によって表現は大きく異なります。
知れば知るほど、見え方が変わっていく。
そこもまた、「変面」の魅力の一つだと思います。
このブログでは、これから変面の歴史や文化、変面ならではの舞台表現についても、少しずつご紹介していきます。
変面を初めて知る方にも、すでに何度もご覧になったことがある方にも、この芸をさらに楽しんでいただくきっかけになれば嬉しいです。
轟変面芸術団・代表 姜潤
